ハミルトン ヒストリー 100有余年の歴史を誇るブランドにも最初の1年がある。ハミルトンウオッチ・カンパニーは1892年、ペンシルベニア州ランカスターで誕生しました。 19世紀末のアメリカは力強い経済発展を続け、大国への道を歩み始めました。そのころのアメリカの物流は鉄道が支えていましたが、現在のようなコンピューターシステムはもちろんなくしかも、4つの時間帯があるアメリカは鉄道運行時間の管理はもっぱら時計だったのです。時計の狂いや故障が大きな事故の原因になり、正確で耐久性に富んだ時計の開発はまさに切実な問題であり、それに答えようとしたのがハミルトンだったのです。 初めて世に送り出したファーストプロダクトNO940は21石ニッケルムーブメント、ダブルローラー、5姿勢調整、金枠ネジ止めムーブメントで、鉄道員の間で評判になり以降。公認鉄道時計(レイルロードアプルーブ)となりました。 ハミルトンはアメリカ鉄道のタイムキープであり続け、世界の鉄道時計。それはいつしかハミルトンのことを指す言葉になっていた。 アドバンスド・デザイン 1900年代、ハミルトンはまだ未知の市場であった腕時計の分野に進出します。 これまでのスイスデザインにはこだわらず、まったく新しいスタイルを打ちだしたのです。もとも有名なものは左右非対称の「ベンチュラ」です。 世界初のエレクトロン・ウオッチを発表し、世界の度肝を抜きました。 キャデラックのデザイナー、リチャード・アービブを採用しデザイン、技術と両方で世界を席巻させたのです。 また、他のモデルたちも当時では革新的なデザインであったのにも関わらず現在でも再復刻され愛され続けています。 伝統に縛られることなく自由の国アメリカから生まれたアメリカンデザインの象徴がハミルトンそのものであったのです。 パイオニアスピリット 鉄道時計として成功を収めたハミルトンは、さらに高度な技術や耐久性を追い求め、ミリタリーウオッチの分野に進出します。 1918年アメリカ初の航空便飛行の公式時計に採用されると、北極、南極への探検にも参加し幾多の冒険の成功を支えました。 第二次世界大戦では連合軍アメリカのマリンクロノメーターをも開発し、艦船の正確な位置を計り、航行を円滑におこなうためのいわばナビゲーションでもあったのです。 また海軍用の潜水防水時計フロッグマンの製作をもまかされています。このような技術が現在はフィールドウオッチの「カーキー」シリーズに受け継がれ現在でも世界中で愛され続けています。
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